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ジャコー小話

暗殺ギルド仲介人ジャコーさんの何もない一日。
裏通りにずっぽし染まっている人は、実は暇なんじゃないか、
と思っています。
(給与のアテがある、組織所属の輩に限る)


何もない日


気持ち良く晴れた日だった。
天は底が抜けるように青くて、
神がちぎった綿の雲は計算されたような割合で蒼穹に撒かれ、
風の乙女が嬲るままに流されていく、平和な光景。

その風は、天だけでなく地にも興味を示してジャコーを正面から撫で、
そのクリーム色の革コートの前を開いたばかりか崩したシャツ襟と、
緩んだネクタイまでもおねだりするように引っ張り、男の足を止めた。
ソフト帽だけは、これも風の神や風乙女の加護で、生半な風では
飛ばないようになっているのだが、つい鍔を押えてしまう癖が出る。

「……風乙女さん、そんなに僕と遊びたいんですか?」

と、正面からそのように吹き付けたならば、当然、顔にも
全面・熱烈キスを浴びせてきていた風に、
うぷ、と思わず目を閉じ顔を背けて嘯く。
同時に、北風は外套を剥ぐことは出来なかったが、
このように足止めをすることはできるのだと証明され、
風という属性も役に立てる場面がある、
自分の属性もそこまで馬鹿にしたものでもないなと勝手に励まされ、
閉じた目を開き「んっ」と顔を上げて、

目尻は下がり気味・優男風味の伊達眼鏡の暗殺仲介人は、
あくまで暢気な雰囲気を崩さず辺りの風景を見回した。

時計工の街特産の古びた懐中時計を隠しから取り出しながらも、
僅かに細めた目で辺りの長閑な風景を愛でた。
地平線のあたりから、黒々とした森が雲のように湧き出て、
視界の隅を影のように浸食しているが、
そこから更にこちらへ生え出すなだらかな明るい青緑の曲線を描く、
広大な丘陵。
点在する低木の木立、草むら、そして最も疎らに散らばるくせに、
最も鮮やかに目を引くのは小さな花畑。

ここは、誰の所有地でもないのだろう、
花や野草を摘む子供達、女達が散見する、皆の共有の財産、
街近郊の丘陵地帯。

ジャコーは仕事上の呼び出しを受けて、鄙びた土の道を、
それでも幾らか付けられている轍の跡を踏みながら、
午前中のうちに町を出てこの一帯に向かってきたのだ。
馬は連れていなかった。

取り出したまま、見ていなかった懐中時計にようやく目を向ける。
余裕を持って出てきたつもりだったが、指定された辺りに来てみれば、
約束の時間まであと10分というところまで迫っていた。
丁度良かったという訳だ。
ジャコーは道を外れて、青い草原に踏み込んだ。
ブーツの底が、豊かな土と、青草の茎を踏みしだく感触と共に、
湿気を押し出して黒土の匂いを立てた。

……とは言ってもだ。
相手は魔弾亭のノートの暗号で一方的に時間と場所を指定してきた
だけで、(一応自身の通り名は仄めかして来てはいたが)、
悪戯かもしれないし、本当に仕事だとしても必ず時間通りに現れる
ことを保証するものでも無い。特に暗殺稼業の者は、表の顔を
持っていることも多く、それが意外に立て込んだなら、遅刻と言う
こともあるだろう。何せ、表の仕事を疎かにした分、"副業の存在"
を一般人に匂わせてしまい、ひいてはその副業こそが、荒稼ぎの
チャンスである"本業"であると露見しかねないのだ。

そんな訳で、ジャコーはただぶらぶらと、草地をしばらく奥へと
踏み込んでから、もう一度辺りを見回した。
待つのは慣れている……別に、好きだという訳ではないけれど、とにかく慣れている。

待つのが仕事だ、と呟くと、
今度はポケットからハッカ煙草とマッチを取り出し、ぷかりと一服を始めた。
携帯灰皿に灰を落としながら、そう言えばまた、ライターを選びに行くのを後回しにしている、とぼんやり思う。

ジャコーは、自分は『ライター運』が無い、と思っている。
時々思い出したように探しに行くと、
気に入ったものが見つからないだけでなく、
見本を残して売り切れていたり、
不良返品だけが残っていたりと、戦果ははかばかしくなく、
半ばもう自分はマッチを使い続けることが運命なのではないかと
本気で信じ始めているところだった。

だが、やはり欲しい。
あの分厚い銀色のオイルライターが欲しい。
何でもあれに幸運のシンボルを彫って胸ポケットに入れておけば、
一度だけ銃弾を防いでくれるとかなんとか、
ガンナー仲間ではそんな噂がまことしやかに流れている。

確かにあの鉄の小さな密閉容器を貫通させるのは難しいだろうが、
うっかりオイルに引火したら、場合によっては大火傷だよなあと、
自分自身も噂を喜んで拡散させつつ、心の中ではそんな、醒めた、
幾分グロテスクな考えを捻くっている自分が居る。
……それでもやっぱりライターが欲しい。ライターかっこいい。
いつか絶対自分のライターを見つける、という気持ちは心の底に
燻り続け、エルフの長い生涯かけて探す境地に到達していた。

煙草を口から離して深く紫煙を吐く。
同時に紙巻の先端から立ち昇る白い煙が、
この丘陵の光景に相応しくない臭いとミントの匂いを同時に
ジャコーの後ろへと流れていく。
しかしそれもすぐに、丘に吹く薫風にかき消されて、
嗅覚特化の獣人でもなければ嗅ぎ分けられない程に薄まってしまう。

今日の仕事相手とは初顔合わせだった。
もしも相手がジャコーを知っているなら、メンソールの香りを
頼りに自分を探し当てるのかもしれない、と思い、
時間をかけて数本吸った。
ジャコーが今いる場所は道から少し離れた木立の下で、
道からの見通しは悪くなく、この陽気にコート姿の自分を見落とす
ことは無いだろうと思われる。…が、いかんせん誰も道を通らない。

(「……これは、すっぽかされるパターンでしょうかねえ……」)

3本目の煙草を携帯灰皿に押し込むと、
新たな1本に火を点し、咥えると不満げに軽く歯形を付けた。


時間ばかり経つ。
古い懐中時計は確実に針を進めていく、待つ身の辛さゆえの錯覚ではない。
始めは左足にかけていた重心を右足に移し、また左足に戻し、
首の運動をしてみたり木にもたれてみたり。
そしてしまいに、とうとう呟いた。

「……暇すぎです。飽きました」

好天から逃れるため、そしてまたある程度は人目につかぬよう
心掛けて木陰にいたが、すっかり飽きてしまったジャコーは、
そこらを一回りして来ようと歩き始めた。

一応、道から見える範囲で、どのような野草が生えているのかとか、
それを摘んでいる人々を遠くから観察してみたりとか、
咲いている花は何かと顔を近づけて見てみたりとか。
……いかにも手持無沙汰な人間のやるようなことをして、
誰もいない街道に向けて暇をアピールしているような形になった。
つまりは道化だ。
自分が周囲からどう見えるかに思い至ったジャコーは動きを止めて
苦い顔になり、
「……仕方ないじゃないですか」
と、独りで、居ない誰かに文句を言った。


組織の従順な犬であるジャコーは結局2時間待って、ようやく諦め、
帰路につく。草原の中を、道とも街ともつかぬ方へ歩き出す。
青草の中を歩いていたおかげで、ブーツもズボンの裾も草の汁や埃で汚れてしまった。
ブーツは自分で磨くとして、ズボンは洗濯屋に出さないとならないかもしれない。
今日の約束に来なければ、まだしばらく洗濯せずに済んだだろうか、
そう思うと、小さな出費が少し悔しい。

「……ま、とは言え普通に洗うものですから」

自分に言い聞かせながら、殊更に大げさに草の葉を蹴り上げ、
無駄な葉を散らして鬱憤を晴らした。

いつの間にか、街に向かい、道と平行に進んでいる自分に気づいた。
一瞬、誰かの敷いた呪いの上を歩かされるよう仕向けられている
のではないかと、自身に呪いが纏わりついていないか、
出来る限りの検知を試みるが、特に何も感得することはできず、
苦笑しながら首を振ると、そこから道へ向けて方向転換した。

その瞬間、

傾きかけた金の日差しに照らされる白い花の群れが目に飛び込んで
来てジャコーの網膜を眩しく射る。

(「……この花は……、」)

群生するマーガレットが、風に揺れながらジャコーを出迎えていた。
放射状に広がる清純な白い花弁と、太陽のような黄色い筒状花。
ある意味「花」という単語の具現化のような、シンプルな形状。
花と言えばこの形。チューリップと双璧をなす、子供でも描ける花。

声に出して呟いていた。
「花言葉は……、確か、」
答えを口にする代わりに、ジャコーの目元がすう、と細まり、
口元はゆるゆると弧を描いて、
一見、白い花を愛でるかのような微笑を浮かべた。

じぃ、と可憐な白い花を見つめ笑みを浮かべる男。

目は、細めていたけれど笑ってはいなかった。

見つめるうち、口元の笑みは深まり、同時に僅かに首を傾いで、
重心は左足に乗せ、右足を軽く浮かせて、半歩ほど前に。

めら、と紫水晶の瞳が火のように揺らめく光を浮かべ、
そしてその唇は喜悦と言っても良い程のはっきりとした笑み、
表情は白い花を仇とばかりに見つめる異様なものとなり。

「…………。」

じり、と1歩近づいた。顔は俯いて帽子の陰となり、笑顔に不気味な迫力を与える。

前に出していた右足の爪先で、1輪の茎にそっと触れた。そっと。
少しだけ、茎を爪先で押してみれば、花は従順にゆらゆら揺れる。
それを見て、ジャコーの目つきの剣呑さが少し和らいだ。

風がそよいだ。辺りの草も、花も、皆揺れる。
昼間、突風のようだった風は、2時間の間に柔らかく和んでいた。

「………………。」
反して、ジャコーの笑顔は、辛そうなものへ変わっていく。
呟いた。
「……やはり、綺麗な花です、」
もはや慈しむような瞳の色で、低く言葉を続けた。

「……だが、嫌いな花だ。」
右足の先でまたそうっと押す。
花は傾ぐ。
「…………。」
酷薄な笑顔を浮かべ、暗殺ギルドの仲介人は、
白い花を殺そうとしていた。靴の先を前に出す。
ちょいちょい。
ゆらゆら。
ちょい。
ぴよん、ゆらゆらゆら。
ちょい、ちょい、……ちょい。
ゆら、ゆらゆら、……ゆら、ゆら、

「花言葉は…………『誠実』、」
軽く前に出していた右足を思いっきり後ろに引くと、勢いをつけて
マーガレットの茂みを蹴とばした。
ぱっ、と花と葉が散って、男はそれを見ると気が済んで肩を落とし、
ふう、と息をついて両手をポケットに突っ込む。そして、たった今
彼が非道を行った茂みから顔を逸らしてそれを迂回しながら、
ガス抜きのように呟いた。

「僕らの世界に、そんな言葉要らないんですよ、」
言いながらまっすぐ道へ向かう、その時銃声が遠くで響いて、


                                         ~END~



(どっこい生きてる)
(こんなに可愛い花を可愛いと思えないなんて……、
 なんて可哀そうなジャコーさんって人、というお話でした)

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