FC2ブログ
  • «
  • 2019'11:
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • »

夢魔との邂逅 (エリジウム)

…夢魔が、俺の夢を訪れた。
中々に珍しく面白い体験であり、ここに、記す。


(以下、SS)

夢魔との邂逅

それは、エリジウムが最も理想とする姿で現れた。
白銀の鎧をつけ、大きな白い翼を持ち、豊かな金の髪を靡かせた、
天使と見紛う姿だ。

それは、数千年の昔、若者時代を共に過ごした有翼の友人の姿だったが、
エリジウムは彼の勇壮で壮麗な出で立ちを愛していたのだ。
……当然、遠い昔に故人となっている。

辺りは真っ赤な薔薇の園のようだが、地面から立つ濃い靄で、薔薇園の全容は見えない。
空は異様な抜けるような透明感を持つ青で、どうやら天国のイメージが多分に投影
されているようだ。白くて濃い靄が、雲の大地を模している。



友人の姿をしたその者は自身を夢魔と名乗り、在りし日に友人同士したように、
エリジウムの手を両手で取ると、夢のなかでくらい、秘めた思いを吐き出してはと
友誼の思いに満ちた熱意を込めて語りかけた。

エリジウムは語り出す。
「正直な夢魔だな……。他人の秘密を盗み出すだけなら、もっと覗きに徹した方法を
取るだろう。想像するに、他人の想いを力の源にするタイプか。ふむ……」
暫く考えて、
「よし。俺に差し障りの無い範囲で、飛び切りの奴を話してやろうか。
50年の間誰にも話したことのない秘密を」

法務官エノクよ、とエリジウムは、天使のような姿に友の名を呼んだ。
ここからエリジウムは妙に饒舌となる。皮肉な笑みを浮かべながら薔薇園を行ったり来たり
して、天使の姿の夢魔に語るのだ。

50年前、ペティットにやって来たのは、とある男に会うためだった。
100年ほど前世話になった高名なエルフの学者が隠遁してしまい、親しい者しか居場所を
知らないため、彼の弟子の方を探して、ついに探し当てたのだった。

弟子の男の屋敷は裏通りにあった。連絡はすぐにつき、相手は些細な言葉の行き違いで、
エリジウムを、師の「知人」でなく「恩人」と誤認識してもてなした。
そうでなくても、数千年を生きてきたエリジウムに対して、憧れと畏怖を抱いていただろう。
弟子はエルフではなく普通の人間で、だが、夫婦共々ほんの少しだけ、
普通の人間より長命だった。彼の師は、エリジウムが研究していた『不死』でなく、
『長命』の観点で研究をして、ある程度の成果をあげていた。
見た目五十絡みの夫婦は、実は八十歳をとうに超えているのだという。
エリジウムは素直に驚き、彼らの師を讃えた。
そして、本来の用事を済ます。彼らの師から借りていた文献を彼らに返した、それだけ。
そこで帰れば、エリジウムは今現在ペティットには住んでいなかっただろう。

用が済んだエリジウムは、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「裏庭の方から花の香がする。良い匂いだ」と言うと、弟子は自慢そうな顔をして、
長命の力を備えた花を咲かす薔薇、に仕上がっている予定です、と言った。
しかし、「長命」の研究は実証に長い時間がかかるのが問題で、
まだ有意な結果が取れるほど時間が経っていない、できればあと百年データを取りたい、
自分と妻ではそこまでは生きられず学会に発表できないかもしれない、と悩みを打ち明ける。
エリジウムは氷青の瞳に何か爛々とした火のようなものを灯し、それを極力悟られないよう
努力しながら静かに申し出た。
「……もしも私を信用してくれるのならば、そなた達の寿命が間に合わなかったとしても、
私が引き継ごうか」

この申し出を、薔薇の館の主人は、悩んだ末に断った。
誰にも秘密にしておきたかったのかもしれない。
研究の成果を独り占めしたかったのかもしれない。
それが証拠に、最低限の協力者以外おらず、彼らも一人ひとりは、研究の全容を知らなかった。
寿命が尽きるなら、もうこの研究は世に出なくていい、と思ったのかもしれない。


エリジウムは、夢魔に背を向けて語っていたが、振り返って夢魔の顔を見た。
アイスブルーの瞳は、冷たい光を湛えて嗤っていた。

「……俺は、その薔薇の組成や、彼らの長命の仕組みを簡単に教えてもらい、これまでの
研究結果を見せてもらっていた。その間に、むくむくと、心の中に黒い雲のように、
まるで希望のような気持ちが湧き上がってきた。俺は既に不死の研究を断念していたが、
その「長命の薔薇を摂取している間は不老不死」というようなことならできるのではないかと」

欲しかったのですか、と夢魔は問う。

「無性に欲しかった。それこそ、ずっと消えていた魂の火が再び点ったように感じた。
神にも達する栄光に満ちた不死の研究をしていた俺が、その時はもう穢れた死霊使いだ。
希望のない人生をただ永らえていただけだった、だが、薔薇に生命の力を与えるという発想に、」

――無性に惹きつけられて已まなかったのだった。

ともかくその日は、薔薇を褒め、おだてて、その薔薇のジャムやペタルが欲しい、などと言って
また来る口実を作って帰った。

薔薇の世話とデータ採取のために旅行に行けない2人に、外国の土産物を持って時々顔を出し、
ゆっくりと信用を育てていった。
一方で相手に気づかれないように、裏庭の見えるアパートを、幾つか持っていた偽名で借りて、
そこで行われることを監視した。


1年ほど掛けた。

ある季節に呼んだ業者、薔薇そのものの育成方法、「長命」の力を植物に入れ込む方法。
大づかみに把握した。


再び、エリジウムは夢魔を振り返る。氷の瞳には何の感情も浮かんでいない。
「……1年掛けて、俺の欲望が冷めれば良かった。だがそうならなかった」


夢魔は、一見冷たく黙っている。
内心は、隠された感情が吐露されることを喜んでいるのかも知れなかったが、
有翼の精悍な若者の姿が、まるで友を糾弾するような無表情に見せていた。
エリジウムはその怒りを受けて、また、自嘲の笑みを浮かべた。


「……静かな雨の夜、俺は2人を殺したよ。薔薇の花が欲しくてたまらず」

それからは、この街の勇猛な自警団に捕捉されないように、2人の死体を操って、失踪を偽装し、
ひっそりと、事件など起こさぬよう模範的な裏通りの住人として生きてきたわけだ。


よく、話して下さいました。夢魔が言う。
よく、聞いてくれた。背を向けたままエリジウムが返す。
そうして、手近にあった小ぶりの真紅の薔薇を一本手折ろうとする。
あり得ないほど細く長い棘が人差し指を貫き、目を見開いたが、眉を顰めながら千切る様に毟った。
どうしました? と尋ねる夢魔を振り返り、

「俺の友エノクの声色で、『罪人は必ず裁きを受けるだろう』と言ってくれ。法務官らしくな」

人差し指から血を滴らせながら、夢魔の足元に跪いて血塗れの薔薇を亡き友の前に置き、

夢魔が懲罰のセリフをサービスしてくれるのを待ちながら、

いつの間にか夢を手放し、

健やかな眠りに落ちていったのだった。

(夢魔との邂逅:Fin.)



スポンサーサイト



Comment





        
Top